2008年12月
12月01日(月)
今日カウンターパートのカルマさんと話をしていると、急にこんどシンガポールのボランティアが来るんだけど、彼は金がない(正規のボランティアじゃないのかな?それともシンガポールのボランティア制度がそうなってるのかな?)から私の空いている部屋にルームシェアしてくれないかと頼まれる。話の流れを良く掴んでなかったのと、どうせ数日だろうと思っていたらなんと6〜7か月はいるという。う〜ん、それはさすがにいやだなぁ。ということでJICAと相談。確かに私の家は教育省がお金を出して借りているが、JICAとブータン政府の取り決めには反するから断わんなさいと言われました。ちょっとほっとしました…
12月02日(火)
今日は久々に曇り空でした。毎日お天気が良いだけに、たまに曇りだとそれだけで気分がへこみますね。
今日は仕事が終ってから20周年記念イベントのお手伝い。私は何故か展示ブースに配置されているので、展示用に使う小道具の作成のお手伝いをしました。小学生以来の大工仕事、元々体力もないので2時間程でギブアップ…全然お役に立てませんでした。
12月03日(水)
今週末、パロにあるタクツァンというブータンで一番有名なお寺に参拝に行きます。で、こういう特別の寺院ではスペシャルパーミット(拝観許可証)が必要になります。これが無いと、お寺の中に入れません。今日はそのスペシャルパーミットをもらうためのレターをもらうためにJICAオフィスまで行ってきました。
ただルールが変わったらしく、JICAのレターは必要なくなったとのこと。ナショナルスタッフ(現地ブータン人スタッフ)の人にスペシャルパーミットの書き方を教えてもらいましたが、ゾンカで書かないといけません…なので明日職場の友達に頼んで書いてもらう予定です。
12月04日(木)
昨日貰ったレターを職場の友達にゾンカ語で書いてもらい、最後にダイレクタークラスのサインとハンコがいるんですが…今日はどこの部局にもダイレクタークラスどころかその副ボス、副副ボスまでいない始末。仮にも一国の省庁がこんなことで良いんでしょうか…
仕方がないので、直接文化庁まで行ってそこで働いているJICAの友達にアドバイスをもらってなんとか発行してもらうことができました。いや〜助かりました♪
12月05日(金)
夜ドミに行くと、友達がなにやらダンスの練習。「アパ(お父さん)アマ(お母さん)チャロ(友達)」というブータンでJOCVが広めた体操だそうです。それを明日本部に見せるために録画するというので、その練習。私は遠目にリズムや動きの合ってないところを指摘してみたりしました。日本のラジオ体操なんかと違ってかなりハードです、これ。
12月06日(土)
今日はパロに行く日。ただ昨日の夜ドミから帰ると体調が悪い…で熱を計ってみたらなんと39度近くまでありました。一応風邪薬を飲んで寝たら、今朝は37度まで下がっていて体調もそんなに悪くない。快方に向かっていると判断してパロに行くことにしました。
ところが、タクシーに乗って友達の家に着いた頃にはまたぐったり。熱を計ってみると38度に上昇。風邪薬を飲んで明日のタクツァン登山の為に今晩はゆっくり眠らせてもらうことにしました。
12月07日(日)
朝になって熱を図ってみると…37.5度に下がっていたものの、この体調では行けないと判断。なくなくタクツァン登山はあきらめて、友達の家で一日中寝かせてもらいました。タクツァンはいつでも登れますが、今回は今月末で帰国するMAさんと最後に登れる機会だから無理してきたんですが、それがアダになったようです…あぁ残念。
12月08日(月)
薬を飲んで休養を取っているにも関わらず熱は下がらず。今朝の体温は38度。なんかパロには寝にきてみんなに迷惑をかけただけの旅行になってしまいました。
もう一人では立っていられないくらいフラフラになっていて、タクシーに担ぎ込まれてティンプーを目指しました…が、途中で道路封鎖。なんでも今度大手タクシー会社がパロ〜ティンプー間を現在の半額くらいの料金でチケット制で参入するとのことで、個人タクシーの組合(組合があるかどうかは定かではないが…)ストをしているとのこ。じゃぁこのタクシーはナニ?不思議なのは、タクシー組合のストなのに、警察がわざわざ道路封鎖を行ってストに協力していること。この国は未だに良く分かりません…ただ友達が交渉しに行ってくれて、タクシーの中でぐったりしている私をみせて、今すぐティンプーの病院に行かないとこいつは死んでしまう!とか言ってなんとか通らせてもらいました。こういうところで融通が利くのがブータンの良いところ♪
その後はJICA事務所に直行。健康管理員に相談してすぐに病院に行くことに。熱を最初に熱を測ったら「110度」って言われました。え、もう蒸発してんじゃんと思ったら華氏でした^^;ちなみに摂氏だと39度を越えています。そりゃ死にそうになるわなぁ。
病院は…地獄でした。ドクターが点滴やら採血をするのですが、まず下手くそ。点滴の針も2〜3回指し直したあげくすんげー痛くて、採血も付き添ってくれたJICAの健康管理員はともかく友達の音楽隊員にも分かるような血管を、二人して「ここだここだ!」て指でさしているのにもかかわらず、全然違う所に注射を刺そうとするし…
採血と検尿の結果なんかの感染症だということが分かりました。なんで高熱だけで咳もなければ鼻水もでない、風邪とは違う症状だったんですね。点滴を終えると熱は37.5度くらいに下がりなんとか一人で歩けるくらいに回復しました。
その後はJICAの車で家まで送ってもらい、JICAから職場へレターを出してもらって今週は安静にするように言われました。
12月09日(火)
昨日もらった抗生物質と解熱剤のおかげで、この日の熱は36.9度。ようやく37度を切るくらいになりました。みんな3か月くらいで一度は風邪をひいたり病気になったりするそうです。気が緩む時期なんでしょうねぇ。
12月10日(水)
この日も一日安静に。ただ解熱剤を飲み過ぎたせいか、平熱36.6度なのに現在の体温は36.3度になってました^^;これはこれで大丈夫なんだろうか?
12月11日(木)
体調もだいぶ回復しました。今日は夕方から20周年記念イベントの打ち合わせがあるのでJICA事務所まで行ってきました。ステージで演奏するんですが、今日は音響会社の人が来てるとのことなので、演奏の時のセッティングや必要な機材やタイミング等について話しをしました。
12月12日(金)
今日は友達の日本語教師の教材作成のお手伝い。日本語の会話を録音してCDに焼いて教室で教材にするそうです。私の役はガイドのソナムさん。普段なにげなく話している日本語ですが、めっちゃくちゃ難しいんですねぇ、日本語って。声優のできは…あははは、才能ないですね^^;殆ど棒読みでした。
12月13日(土)
昨日の録音、せっかく編集作業までしたというのに、私の手違いで2テイクばかり消去してしまったようです。そのおかげで今日も収録に。2テイクだけなので録音もすぐ終わり、その後はサブジや橋を渡ったお土産屋通りに行ったりしました。
12月14日(日)
今日は音楽隊員・マーくんの学校の音楽会。生徒達はやっぱりゴ・キラを着て出演。今回はピアノ(Y社製^^;)とリコーダーと歌。みんな一生懸命でかわいかったです。
最後のマーくんの見本演奏はさすが!そして私のブータンのヴァイオリンの師匠、アネッタさんもゲストでヴィオラを弾いていました。こっちでもいろんな音楽仲間に会えるのは幸せです♪
12月15日(月)
今日から隊員総会の始まりです。私にとって初参加。JOCV側とJICA側との問題点の討論や、各種委員会決め、活動報告等盛りだくさんな内容でした。会場のホテルは最近できたばかりの高級ホテル。途中で軽食やお茶もできました。お昼はタイレストランへ。終了後は20周年記念イベントのよさこいダンスの練習がありました。
12月16日(火)
総会二日目。いろいろ議論は出るものの、結論は出ず殆どの協議が先延ばしに。今日はどちらかというと活動報告がメインでした。知らない人、特に地方隊員の報告は興味深いですね。
終了後は各種部会(私の場合はIT部会)に分かれて討論。今検討中の学校IT教育の話しは、IT部会全体で討論することに決まりました。これはありがたい。
12月17日(水)
今日は20周年イベントの練習。ドミでマーくんとピアノ合わせです。ても本番三日前で初合わせなんですけど…アジ(王女様)も来るというのにこんなんで良いんでしょうか…と思って行ってみたら、マーくんの使うキーボードの電源が壊れているとかでマーくんは町に買い出しへ。結局見つからず今日の練習はお流れになってしまいました。練習できるのは明日一日だけ…どうしよう…
12月18日(木)
今日の午前中は健康診断。ブータンで初めて受けます。事前に検便、検尿の容器を提出、血圧、体重、採血、視力検査と進み、お昼を食べた後は問診です。
今日の採血は看護師さんだったせいか、先日ほど痛くなかったです^^;
検診が終った後、ドミに行き今日こそピアノ合わせができました。まぁなんとか形になったってとこでしょうか。
12月19日(金)
今日は昼からマーくんとドミで練習してから、14時開始予定のステリハに行く予定だったのですが、会場の設営が全然できていないとのこと。なのでステリハも予定通りできないので、とりあえず手伝いに来てくれとのことなので、クロックタワーへ。みんな必死に作業しています。私もお手伝いした後、15時過ぎくらいからステリハができるようになりました。
マイクバランスや立ち位置等調整。風が思ったより強いので譜面が飛ばされることが判明。明日は洗濯ばさみを用意せねば。
ステリハ終了後も、終わっていないブースのお手伝い。日が暮れた夜になっても作業は続きました。
12月20日(土)
この日の詳しい様子はこちらを参照してください。
12月21日(日)
朝起きたら(起こされたら)もうすでにA.M.さんは出発した後でした。その後チャーターしたバスが来たのでみんなで乗車。みんな車内では爆睡でした。
パロ空港に到着したら、ちょうどチェックイン手続きを終えたA.M.さんが外に出てきました。そこでなぜかみんなでサタデーナイトダンス。空港の目の前の車道でみんなで踊ってました。その後は一人づつお別れ。A.M.さんは私が赴任してからたった3か月の付き合いでしたが、とても良くしてくれて頼りになるお姉さんでした(年下だけど…)。私は見送りは初めてでしたが、先輩は「何度ここに来ても見送りは辛いねぇ…」とぽつりと言っていたのが印象的でした。
その後はバスで空港を一望できるビューポイントへ移動。飛行機の離陸を見守ります。みんなで大きく書いた「オツカレA.M.」の文字を掲げて待ってました。距離がありすぎてA.M.さんは見つからないかと思ったら、最後に渡した黄色いカダが良く目立って、向こうも気づいてくれたらしくて一生懸命エールを送りました。飛行機が飛んでしまった後、なんかみんな無口でなんとも言えない虚脱感に陥ってしまったようです。
しばらくみんなで呆けてた後、気を取り直してウマホテルに行ってブランチを取ることに。ここもなかなか素敵なホテルです。また行ってみたいホテルリストに追加されました。
そしてバスで再びティンプーへ。クロックタワーに直行して昨日の20周年イベントの片づけのお手伝いをしました。この日は昨晩の寝不足もあって夕方帰ってすぐに寝てしまいました。
12月22日(月)
午前中は普通に仕事。午後は郵便局に用事があったので街中へ。いろいろと安いお土産やさんなんか発見してちょっとリフレッシュ。
12月23日(火)
仕事をしていると突然電話が。先日の20周年記念イベントの時に知り合った、アジ(王女様)の護衛をしていた王室親衛隊のウゲンさんからでした。この間頼んだ写真はもうできたか?って言うんですがあれからまだ3日だぞ、ちょっと早すぎないかと思いながらも、私の私用PCには先日の写真が入っていたので、USBメモリーを持ってきてくれたら、今すぐ職場でコピーできるよって話したら今すぐ行く…どうもキャプテン・ウゲンは気が早いようです。
そして約束した時間よりも早く(時間を守らないブータン人にしては超珍しい)オフィスに到着。今日は先日の礼服と違って普通の軍服でしたが、さすがにガタイは良いです。写真の枚数が多すぎるのでコピーに時間がかかり、その間キャプテン・ウゲンさんと話をしてました。彼はアジの3つ上で同じ学校に通っていたこと。最初は陸軍に入隊したが、その後選抜されて王室親衛隊に入ったこと(てことはかなりのエリート)、インドには40回以上も行ってインド陸軍のキャンプで毎年何回かトレーニングをしていて、来月も3か月くらいトレーニングに行くことなんかを話してました。そのうちコピーも終わり、帰り際に彼は、今日の夜司令部を案内してくれる、というので楽しみにしてたら、今度は電話がありませんでした…キャプテン・ウゲン、自分勝手なところは実にブータン人らしいです。でもブータンで王室親衛隊の高級軍人さんと知り合いになれるなんて滅多にないチャンスですから、これからも彼は大事にしたい友達です。(メチャ打算的)
12月24日(水)
今日は楽しみにしていたアマンコラでのクリスマスディナー。ドミに向かって歩いていると、マーくんから演奏時間が早まったからすぐに来た方が良いとの知らせ。急いでタクシーを拾ってドミに行って会い方のH.T.さんと合流してアマンへ。ただタクシー運転手が道を知らないらしく、途中で通行人に何度か場所を聞いていましたが…
アマンに到着したのは18:30くらい。まずは中庭に通されると、宿泊客らしき欧米人が何人かソファで寛ぎながらブータンのダンスを見ていました。私達の所にも湯たんぽと毛布を持ってきてくれてドリンクのオーダー。その後、軽食がふるまわれました。中庭はいくつもの焚き火が配置され、その間を踊っている姿は幻想的でした。最後は宿泊客や従業員も一緒になって簡単なブータンダンスを踊りました。その後、マーくん演奏、従業員の歌によるクリスマスソングが二曲披露。まさかブータンでクリスマスソングを聞くなんて思いもしませんでした。
その後はロビーでお茶。ロビーにはクリスマスツリーやリーフが飾られているのですが…良く見ると飾られているのはエマ(唐辛子)とポウ(男根)…緑のツリーに赤い飾り付けなので配色は良いのですが、ここら辺がとてもブータンらしいです^^;そしてアマンコラ・ティンプーにいる日本人スタッフの方とマーくんと一緒にお話をした後、今日のメインのクリスマスディナーへ。
デイナーは…もう別世界。建物にしろ従業員(ゴ・キラは着てるけど)の対応にしろ、そしてこの食事にしてもまるで日本にいるのと全く変わらないものでした。お皿やフォークはちゃんと温められていたり、食事をサーブした後は「Enjoy!」と言ってくれたり、料理の素材を聞いたらすぐに答えてくれたりと…しかもタイから空輸したという海産物が多かったのも嬉しかったですね。蟹にイクラにホタテ…はぁ…もう言葉もないです。
食事が終った後は再びロビーでお茶を。テーブルに置いてあった「パララ」というすごろくみたいなゲームが置いてあったのですが、ブータン人スタッフが熱くゲームの方法を語ってくれました^^;
楽しかった時間も気がつけばすでに22時過ぎ。日本人スタッフの方の配慮でアマンの車でドミにまで送ってくれました。カボチャの馬車で帰るシンデレラの気持ちが良く分かりました…
12月25日(木)
今日はクリスマス。でもブータンはただの平日。昨日のクリスマスイブが楽しかっただけに、ゴを着て出勤する時はなんか夢から覚めた感じがしてちょっと悲しかったです。
12月26日(金)
朝起きて職場に行こうとしたら、晴れているのに外が濡れていた。どうやら夜のうちに雨が降ったらしい。乾季に入ってから二度目の雨だ。雨が降ると、標高の高いティンプー市は雲だか霧だかわからないものに包まれて幻想的な景色になる。
ところで今日のキャンティーンはタダだった。なんでも今日はパロの新年のお祝なんだとか。今の時期、グレゴリオ暦にも旧暦にも仏教歴的にも新年ではないはず。しかもパロ限定ってどういう数え方なんだろう…
この日は床下に敷く断熱材を、以前カーテンとかを買ったお店で20m購入。1mあたり120Nuを100Nuにまけてくれた。在庫が店頭になかったらしく、わざわざ倉庫まで取りに行ってくれた。その後はJICAオフィスに寄ってパスポートをゲット。ブータンに到着してから約3ヵ月、これでようやくインドビザが発行された。
夜は早速買ってきた断熱材を使ってリビングの床敷きだけは完成。結構な重労働だった。
12月27日(土)
久し振りに普通のなにもない週末だ。まずは街中へ買い物へ。その後ゾーンでお昼御飯。次は今日のメイン、散発。友達から教えてもらった美容院へ。お客さんは終始私だけだったが、丁寧でこちらの要望とか聞いてくれて日本の美容院と遜色なかった。カット、シャンプー、ヘアカラーで250Nu(約500円)…めちゃ安い。一応インドで修業してきたそうで、腕もまぁまぁ。次回もここに来よう。
その後はサブジへ行ってベッドルームとゲストルームのカーペットを買う。そうそう、今日初めて新しいサブジがオープンしているのを見ました。結局予定より何か月遅れて開業したんだか…カーペットは1mあたり190Nuを180Nuにまけてもらった。全部で10m購入。それと最初に寝具を買ったお店でゲスト用の寝具一式を購入。これらを全部まとめてタクシーに載っけて家へ帰った。
さてここからが大仕事。ベッドルームとゲストルームにまず断熱材を敷いて、その上に今日買ってきたカーペット敷く。これがまた切ったり張ったり家具を移動したりして大変。結局気合いで12時近くまで作業してなんとかAB家改造計画はほぼ終了。後はローテーブルと本棚、ゲストルーム用のカーテンとベッドカバー等を買えば完了。
12月28日(日)
昨日の重労働で起きたのは昼前。今日はのんびり過ごそうと新しい部屋の配置で使い勝手を考証。夕方からドミに行ってネット。
12月29日(月)
NHKワールドを見ていると、既に日本では仕事納めも終わりお正月気分のようですが、ここブータンではそんなの関係ありません、今日も仕事です。ここ最近、曇り空の日が続いていて昼でも寒いです。
12月30日(火)
カレンダーだけ見てるともう正月気分なんですが、全然普通に仕事してます。なんかもうちょっと正月気分を味わいたいなぁ〜
12月31日(水)
今日は大みそか。でもそんなものとは全く関係なく今日も仕事。しかし、あまりにも寂しい年越しなので夜は友達とディスコに行ってきました。混むからといわれ21:30に集合したものの、店内はガラガラ…仕方なくしばらくは飲み物等で暇つぶし。23時を過ぎる頃から店内が満員になってきました。今日の曲はスローペースな曲が多し。ただやっぱりカウントダウンの付近から盛り上がってきました。カウントダウンは、誰の時計を見ても3〜5分は早かったのですが、会場の雰囲気は最高潮に。いつもは2時閉店がこの日だけは2:30に閉店でした。
その後は友達の家に行って年越し蕎麦を食べる。あ〜なんだかようやくこれでお正月って感じがしてきました。フラフラになりながら帰ったのは朝の5時。明日は1/1でも仕事があるんだけど…
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